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【仕事辞めたい】僕が受けたパワハラ経験談【全て実話】

 

こんにちは。KEN(@KEN_kenblog)です。

 

今回はちょっと暗めの内容です。

僕が飲食時代の時に受けていたパワハラを全て公開しました

 

KEN
世の中にはパワハラを経験したしたことが無い人もいるんですよね。やっぱこういった話は、経験したことのある人同士で共有したい。そう思い本記事を執筆しました。

 

【仕事辞めたい】僕が受けたパワハラ経験談【全て実話】

【仕事辞めたい】僕が受けたパワハラ経験談【全て実話】

 

これを書いている僕は、飲食企業で働いていました。

 

僕は上司のパワハラの標的になることが多かった。

社会人になってからの20~25歳までの間に5回も転職しています。

 

地獄のホテル時代

 

僕が一番最初に働いたのはホテルのキッチンスタッフでした。

そこで、2人の社員にパワハラを受けることになります。

 

パワハラ上司は出会った時から印象が悪かった

パワハラをしてきた社員の中にKさん(30代)がいたのですが、初対面の時にそっけない態度をされたのを覚えています。

そして最初の会話がこれです。

「俺さ、優しくないからね」

KEN
これには僕もなんて返答すればいいか分からなかったですね。「ははは…」みたいな感じで流していました。

しかし、Kさんは僕にパワハラをしてくるようになります。

 

他人のミスを自分のせいにされる

僕はよく、他人のミスを自分のせいにされることがありました。

内容は準備の不備などですね。

 

自分が原因じゃないことを伝えると、罵声でかき消される。

背中にグーパンされたこともありました。

 

徐々にウザがられ仕事を教えてもらえなくなる

僕は、ミスを自分のせいにされるようになり、段々と萎縮するようになりました。

KEN
萎縮すると、言葉を発することが出来なくなるんですよね…。

喋るのが怖くなると、仕事をもらうのが怖くなるんです。

 

仕事をもらえなくなった僕は、棒立ちになり、ウザがられるようになりました。

 

エスカレートする上司のパワハラ

ホテルで働き始めて、半年が経過したころには、パワハラはエスカレートしていました。

 

その時パワハラをしてきたのは先ほどのKさんと、40代後半のTさんでした。

Tさんのパワハラは酷かったですね…。

 

「俺はお前なんかと一緒に働きたくねーんだよ!」

「今すぐ、辞めちまえよ!」

「俺はお前が嫌いなんだよ!!」

と、毎日言葉の暴力を浴びせられていました。

KEN
マイナス37度の冷凍庫に閉じ込められたこともありました。(この時は携帯で料理長を呼んで助かりました…)

 

僕はパワハラに屈しました

僕はパワハラに屈し、仕事を辞めることにしました。

 

その時は、「他にやりたいことが見つかった」なんて嘘をついて辞めましたね…。

本心はパワハラから逃れたかっただけです。

 

同僚の紹介で入ったホテルは3か月で辞める

 

パワハラを受け、ホテルを辞めた僕は、同僚の紹介で別のホテルに入社することになります。

 

繰り返されるパワハラ

 

そこで僕はまたも上司のパワハラに遭います。

その時僕にパワハラをしてきたのは40代のTさんでした。

 

初対面の時に嫌な予感を感じた

初出勤の日の帰りに、入社祝いとして、僕はTさんと料理長にラーメンをごちそうされました。

その時の会話で、僕は嫌な予感を感じたのを覚えています。

 

それはTさんの発言でした。

「俺ね、優しくないからね。」

KEN
このセリフは聞き覚えがある。僕は嫌な予感をふつふつと感じていました…。

 

パワハラは繰り返される

そして僕は、1週間も経たないうちに、Tさんにパワハラを受けることになります。

Tさんのパワハラは、無視でした。

 

一切仕事を教えてくれないというもの。

そして、料理長も見て見ぬふりでした。

KEN
この時の僕は、「このままだと、また同じ事の繰り返しだ…」と思い、一人で悩まずに料理長に相談することにします。

 

勇気を出して料理長に相談した

僕は勇気を出して料理長に相談しました。

すると、意外な回答をされることになります。

 

料理長「何よ?どうして欲しいの?俺がお前を助けりゃいいの?無理なこと言ってんじゃねーよ。」

 

僕は全身に衝撃が走りました。

 

翌日、ベッドから起き上がれなくなる

次の日の朝、僕はストレスでベッドから起き上がれなくなりました。

身体が動かなかったので、仕事を休み、親を呼んで病院に行きました。

 

診断の結果は、軽鬱です。

僕はドクターストップにより、2週間の自宅療養をすることになりました。

 

復帰できず辞める

自宅療養した僕は、仕事に復帰できなくなっていました。

 

そのまま、僕は仕事を辞めることになりました。

 

父が亡くなり東京へ

父が亡くなり東京へ

 

その後、僕は飲食のお店でアルバイトをしていました。

そんな時に、父が病気で他界してしまいます。

 

上京。しかしパワハラは続く

 

父が亡くなり、人間が簡単に死んでしまうことを知りました。

僕はこれがきっかけで、自分の人生について考えることになります。

この時僕は25歳でした。

 

KEN
死んだらそこでおしまい。料理長になる夢を叶えるために、上京することにしました。

 

上京後、夢だった料理長になる

上京後に、居酒屋のアルバイトの面接に行きました。

そこで僕は「料理長になりたい!」とダメ元で言ってみたました。

 

すると、本気度が伝わったのか、いきなり夢だった『料理長』を経験することができました

 

KEN
大変だけど、やりがいのある仕事でした。半年間までは…。

 

総料理長と働くことに【パワハラ再開】

半年後、僕は総料理長に見をつけられ、一緒に働くことになります。

 

総料理長は30代後半で、見た目がかなり怖い人でした。

そしてパワハラ地獄が始まります

 

総料理長は言葉の暴力が酷い人でした…。

 

過労+精神的疲労

この時の僕は一日16時間働いていました。

休憩は無しです。

理由はこの職場には、協力といった概念が無かったからです。

 

総料理長は何もしない…。

僕の監視をしながら、罵声を浴びせてくるといった環境でした…。

 

総料理長のパワハラはこんな感じです↓

  • 耳元で「死ね」と言ってくる。
  • 僕が切った刺身を踏みつぶし「次はお前をこうしてやる」と脅してくる。
  • 僕の料理を「ダメだ」と言い、皿ごとゴミ箱に捨てる。
  • 「出ていけ!」とお店から追い出す。
  • 客の目の前で僕を蹴り、笑い者にする。
  • 「努力が足りないから」とパートのおばさんに言われる始末。

 

KEN
精神的にも肉体的にも限界に達した僕はバックレました…。

 

仕事を辞めたい…でもバックレだけはやめた方がいい【僕の体験談】

 

パワハラに終止符を打つ

パワハラに終止符を打つ

 

全てを失った僕ですが、一つだけ得たものがありました。

それは、料理長経験でした

 

料理長経験を活かして料理長になる

 

僕は、バックレで辞めてしまいましたが、料理長の肩書を利用して、仕事を探しました

 

そして、見つけた職場でパワハラに終止符を打つこととなります。

 

自分が上司ならパワハラは起きない

自分が上司の立場になった僕は、誰にも怒られることはなくなりました。

 

今まで自分が嫌な思いを散々してきたので、部下にも優しく接しています。

 

パワハラを受けていた期間は5年と長かったですが、今は誰にも文句一つ言われずに生きています

 

KEN
嫌なことから逃げ続けてきた人生ですが、逃げて正解でした。

働きやすい環境が見つかるまで逃げて良いと思う。

人に迷惑をかけたかもしれませんが…最後に笑えればそれで良い。

 

僕のパワハラ経験談は以上でおしまいです。

 

この記事が、誰かの希望になってくれれば幸いです(´・ω・`)

 

【パワハラ上司から逃げる手段↓】

退職代行とは?【時間の無駄】嫌な仕事は今すぐ辞めよう

 

ABOUT US

KEN
レトロゲームが大好物な34歳。ゲーム攻略ブログ「kenblog」の管理人。 僕のブログでは【初心者でもクリアできる】をモットーに『テリーのワンダーランドRETRO』や『ロマサガ3リマスター』などの攻略記事を紹介しています。世界一簡単なゲームブログの始め方も書いています。ゲームブログを始めようと考えている方はぜひ参考にして下さい。